探検

(JPN) ショッピング天国だけじゃない！香港コーズウェイベイとハッピーバレーに眠る、知られざる5つの歴史物語

これらの隠された物語が教えてくれるのは、香港は単純な進歩の上に築かれた都市ではなく、対立と妥協のるつぼの中で鍛え上げられた場所だということです。街並みは単なるコンクリートの集合体ではなく、抵抗、適応、そして変革の記憶が刻まれた壮大なテキストなのです。

Lawrence

23 Nov 2025 — 9 min read

詳細に語られる歴史物語に注意深く耳を傾ける

会話型放送では

ネオンの光の向こう側へ

きらびやかなショッピングモールが立ち並び、常に人々で賑わう香港の銅鑼湾（コーズウェイベイ）。そして、その隣に位置し、競馬場と高級住宅街のイメージが強い跑馬地（ハッピーバレー）。多くの人が知るこの二つの街の現代的な顔の下に、植民地時代の対立、文化の融合、そして劇的な変革の物語が幾重にも眠っていることをご存知でしょうか。

この記事では、ありふれた観光ガイドでは決して語られることのない、この二つの地区を形作った5つの「隠された歴史」を紐解いていきます。これらの物語を知れば、あなたの香港を見る目はきっと変わるはずです。さあ、街の深層部へと続く旅に出かけましょう。

悲劇の炎、覚醒の火花 — 1918年ハッピーバレー競馬場大火災

英国植民地時代のハッピーバレー競馬場は、単なる娯楽施設ではありませんでした。それは「社会的不正と人種差別の縮図」であり、英国人と華人の間には明確な身分差と隔離政策が存在していました。その歪みが悲劇的な形で噴出したのが、1918年2月26日の大火災です。レース開催中、観客席の足場が崩落し調理用のコンロを直撃。瞬く間に燃え上がった炎は、600人以上の命を奪いました。犠牲者のほとんどは、粗末な作りの観客席に押し込められていた華人でした。この事実は、植民地政府がいかに彼らの安全を軽視していたかを浮き彫りにしたのです。

しかし、この大火災は香港社会に大きな転機をもたらしました。悲劇は華人コミュニティの民族意識に火をつけ、彼らが団結して不平等な制度の改革を要求し、自らの権利のために戦う強力なきっかけとなったのです。

植民地支配による抑圧の象徴であったハッピーバレー競馬場は、皮肉にも血と炎の洗礼を経て、英国統治下で華人が自らの地位と社会的価値をかけて戦う試練の場へと姿を変えたのです。

この覚醒は具体的な成果を生みます。事件後、高まる華人社会の声を受け、香港ジョッキークラブは史上初めて2名の華人会員を迎え入れ、華人騎手を起用し始めたのです。

隠された宝石： 跑馬地墳場群 (Happy Valley Cemeteries) この時代の社会構造を物理的に証明するのが、競馬場に隣接する墓地群です。ここを歩けば、宗教や国籍によって墓地が厳密に区画分けされているのがわかります。それはまさに「植民地時代の社会構造の化石」であり、当時の厳しい身分差を静かに物語っています。

古代ペルシャから来た忘れられた信仰 — パールシー墓地

香港の歴史は、しばしば英国人と華人という二元論で語られがちです。しかし、そこにはゾロアスター教を信仰するパールシー（拝火教徒）という重要な「第三の勢力」が存在しました。古代ペルシャを起源に持つ彼らは、香港の開港初期にこの地へ移り住み、商業エリートとして街の発展に大きく貢献しました。香港大学の創設者の一人であるホーマスジー・モディ卿や、医療事業で功績を残した律敦治（ラトンジー）一族もパールシーの出身です。

彼らは本来「鳥葬」という独特の埋葬儀式を行いますが、香港の環境ではそれが困難だったため、遺体を清めて棺に納める「土葬」へと習慣を変化させました。これは、異文化環境への彼らの高い適応力を示しています。さらに興味深いのは、彼らの墓地と同じ丘の中腹に、中国の海の神を祀る「譚公廟（タムクンミュウ）」が並んで建っていることです。これは、香港がいかに多様な文化や宗教を受け入れ、共存してきたかを示す美しい縮図と言えるでしょう。

隠された宝石： 波斯墳場 (Parsee Cemetery) このユニークな墓地は、香港の多様な宗教史を理解するための最良の生きた教材です。近くの譚公廟と合わせて訪れる「宗教文化の道」を歩けば、この街の寛容性の精神を肌で感じることができるでしょう。

謝罪の大砲 — 正午の号砲に秘められた傲慢と贖罪

コーズウェイベイの海辺で毎日正午に鳴り響く号砲「ヌーンデイ・ガン」。この奇妙な習慣の起源は、英国の巨大商社ジャーディン・マセソン商会の傲慢な行動にありました。1850年代、同社の幹部ロバート・ジャーディンが英国から帰港した際、従業員が軍隊にのみ許される21発の礼砲を勝手に鳴らして出迎えたのです。

この行為は軍の権威を著しく侮辱するものと見なされ、罰として、ジャーディン社は毎日正午に1発だけ大砲を撃つことを命じられました。こうして、商業資本に対する植民地権力の優位性を日々示すための「服従と規訓」の儀式が生まれ、やがて香港の街に時間を知らせる公共の合図へと変わっていったのです。

この植民地時代の権力の象徴は、現代において驚くべき変貌を遂げます。1989年以降、慈善団体に寄付をすることで、一般の人々でもこの号砲を撃つ特権を得られるようになりました。植民地の権力闘争の記憶が、商業と慈善活動のシンボルへと再解釈されたのです。

隠された宝石： 怡和午炮現場 (Noonday Gun Site) 訪れる際は、号砲が鳴る前に鳴らされる8つの鐘の音にも耳を澄ませてみてください。これは、かつてこの場所にあったジャーディン社の倉庫で、午前の仕事の終わりを告げていた合図です。植民地時代の権力の象徴が、時を経てどのようにその意味を変えていったのかを考える絶好の機会となるでしょう。

水の上を歩く — 消えた海岸線の亡霊

現在のコーズウェイベイと湾仔（ワンチャイ）の平地のほとんどは、埋め立てによって生まれた人工の土地です。かつての自然の海岸線は、都市開発という名の「地理的な暴力」と、それに伴う「自然の記憶の組織的な消去」によって完全に姿を消しました。特に、現在のクイーンエリザベススタジアムなどが建つ土地を確保するために、摩理臣山（モリソンヒル）という丘が丸ごと削り取られたことは、その象徴的な例です。

しかし、その失われた海岸線の痕跡は、今も私たちの足元に残されています。メインストリートの一つである「高士威道（コーズウェイロード）」の英語名「Causeway Road」は、文字通り「海堤の道」を意味します。つまり、この道こそが、かつて湾の潮を防いでいた防波堤そのものだったのです。

隠された宝石： 高士威道とヴィクトリアパークの間の高低差 (The geographical drop between Causeway Road and Victoria Park) コーズウェイロードに立ち、隣接するヴィクトリアパークを眺めてみてください。公園の地面が、あなたが立っている道路よりも明らかに低いことに気づくでしょう。この高低差こそが、あなたが100年以上前の海の上に立っている動かぬ証拠なのです。

帝国に屈しなかった一族 — 征服されざる天后廟

18世紀初頭、客家（はっか）の戴（ダイ）一族によって創建された銅鑼湾天后廟。その古い名前は「塩船湾紅香炉廟」と言い、それ自体がこの地がかつて塩を運ぶ船が行き交う湾であったことを示す「歴史的地名標識」として機能しています。この名前は、もはや存在しない海岸線のゴーストマップなのです。

しかし、この寺院の最も注目すべき点は、その所有権にあります。1928年、植民地政府は香港内のほとんどの寺院を政府の管理下に置く「華人廟宇条例」を制定しました。しかし、この天后廟は条例の適用を免れ、今日に至るまで戴一族の私有財産として維持されているのです。これは、植民地時代の近代的法制度に対し、伝統的な一族の力が抵抗し、自らの文化遺産を守り抜いた、香港社会の強靭さを象徴する物語です。

隠された宝石： 銅鑼灣天后廟 (Tin Hau Temple, Causeway Bay) 現代的な高層ビル群の中に、ぽつんと佇む古刹。この強烈な視覚的コントラストは、香港という都市がいかに伝統と発展を共存させてきたかを物語っています。この寺院は単なる史跡ではなく、数世紀にわたって一つの家族が守り続けてきた生きた歴史の証人なのです。